
Trip Trap Fullmoon
日暮れまでの道のり
三条二円
魔法使い。魔法生物。不思議の力や精霊たちの気配がこの世界から薄れて久しい。
魔法科学はとっくの昔に科学に淘汰されて、マナ石を動力とする装置は博物館に収蔵されているものくらいだ。ごくまれに魔道具が見つかることはあるが、現代で魔法を証明する存在はそれくらいだった。
「晶は魔法使いじゃないの?」
「魔法使いではないですね」
魔法の影響を受けているということは周知しているし、他人に伝染するような性質のものでもないのだが、おそらく親か誰かにこの家に近づかないように言い含められて、逆に好奇心を刺激してしまったというところだろう。
きちんと許可を取ってこの場所に住んでいるし届け出も出しているので、直接的に危害を加えられない限りは何をどうするも人の自由だ。小さな子どもが興味津々で訪ねてくるくらいなら可愛いものだった。
「でも、お父さんは魔法使いだから近づいちゃ駄目だって言ってたよ」
「うーん、わかりやすく説明したかったのではないかと思いますよ。厳密に言うと私は魔法使いではないですが」
魔法使いが存在しなくなった今となっては、確かに魔法の影響下にある人間というだけでも十分魔法使いに見えてしまいそうだ。私が住んでいるせいでこの辺りの地価が下がっていることも知ってはいるが、引っ越す予定は今のところない。
「げんみつって?」
「細かく種類を分けると、ってことです。お菓子の家の話とか、聞いたことはないですか?」
「ある! ずっと昔にあったやつでしょ? 私も見てみたかったな」
「私もああいうものと同じで、魔法がかかっているってだけなんです。なので、魔法は使えないんですよ」
「でも、晶は魔法使いがたくさんいた頃から生きてるんだよね?」
「それは、そうですね」
魔法使いの話を聞きたがる少女が、私には一体どんな魔法がかかっているのかと尋ねなかったことにほっと胸をなで下ろした。問われるままに、箒に乗せてもらって空を飛んだことや、恐ろしい魔法生物と戦った時のことを話していく。
思い出話をしながら、私はじくじくと心が痛むのを感じていた。一体いつまで、こうして生活していくのだろう。
最後の魔法使いは、北の国で生まれた女性だった。魔法の力も弱く、寿命も人間と大差なかった。
およそ200年前の話だ。加速度的に魔法使いが弱くなり生まれなくなっていくのと比例するように、厄災も力を弱め、ついにはこの世界に襲来することはなくなった。
私がこの体質になってから、賢者が新しく召喚されることはなくなっていたけれど、月が厄災ではなくなったあの日、異界を渡る方法は完璧に消滅したと言っていいだろう。
生涯を誓った相手を失ってからもずっと、ずっと生き続けていることに苦痛を感じないと言ったら嘘になるが、共に生きたいと思った過去の私を愚かと責めることなど出来なかった。過ごした時間が幸せだったことは絶対に間違いではないから、自分の選択を後悔はしていない。
もう随分と昔の話になるが、人に魔力を与えるというまじないが成功しめでたく魔力を得た私は、魔法こそ使えなかったが、精霊や不思議の気配を感じられるようになったのだ。そして、何より望んだ魔法使いと同等の寿命を手に入れたはずだった。
ひとつの誤算は、その寿命が長すぎたということだ。私はあの時から一切歳を取っていない。魔力がほんの少しずつ抜けていっている感覚はあるのだが、みんなを見送ってから、私がいた世界と同じくらいのレベルまでこの世界の科学は発展し、私もそれだけの時間を生きたのだ。今ではこの世界の宇宙にも人工衛星が飛んでいるし、インターネットもある。
それほどの時を生きても、まだ魔力には十分余裕があると感じている。不老不死ではないので怪我も病気もするのだが、魔力の強い魔法使いたちがそうであったように、私の体はただの人間だった頃と比べれば相当頑丈だった。
余程のことがなければ、病死も事故死もないだろう。自分で命を絶つことは可能だと思うが、そうしてまでどうにかしたい気はない。何より、折角この魔法を苦労して探し出し、なんとか成功させた彼の気持ちを蔑ろにするようで嫌だった。
二人で暮らしたこの場所だって、どんなに景色が変わって、元の家などもうすっかりどこにもなくても、いつまでも離れがたいままだった。
賢者が何をする存在で何をしていたかの話は長くなるので今度にしようと言い、少女を家に帰した頃には、辺りが暗くなり始めていた。
人と喋ったのは久しぶりで、思ったよりも疲れていたらしい。私はまっすぐ寝室に向かって、ベッドに横になった。
今は通販で何だって買える。魔法影響物として政府に管理・研究されている身である私は特に働く必要もない。必要がなくても働くことは出来るけれど、魔法の影響を受けた人を雇う場所などそれこそ研究機関くらいだ。
魔法が影響しているものを個人が所有することや魔法の影響下にある者がそれを周囲に秘匿して生活することは法律で禁止されている。
私にとって慣れ親しんだ普通の科学が発展した今でも、魔法のメカニズムを解き明かしその力を人のものにしようという研究はせっせと行われているのだ。
仮にマナ石の魔力を介さず魔法を再現出来たとして、精霊の力が弱まった今日この頃、きっと些細な魔法しか使えないだろうと思う。
それで人に魔力を与えるまじないを成功させようだなんてもっての外だ。私が成功したのだって、奇跡みたいなことなのだから。
私はクッションを抱きしめた。後戻りは出来ないと念を押す彼の声と、あたたかな魔法の光を思い出して鼻の奥がつんとする。ずっと、ずっと一緒にいたかったよ。
◆
私は数度瞬きをした。頭が重い。さっき自分の部屋で寝たはずなのに、いつのまにか知らない場所にいる。いやに無機質な部屋は、SF映画みたいだった。
「大丈夫か?」
カインの顔を見た瞬間、私は全てを思い出した。私は彼に勧められたゲームをプレイしていたのだ。賢者の真木晶などではないし、愛した魔法使いなどいない。フォルモーントシティで暮らす、記憶喪失のアシストロイド。
「あ、えっと、だいじょうぶ、です」
現実の自分の記憶を一時的に忘れてストーリーに没入出来るという触れ込みのこのVRゲームは、随分と完成度が高いみたいだった。先ほどまでの自分の感情をリアルに思い出して、私は思わず涙ぐんでしまった。
選択したエリアやキャラクター設定を元に、無数の情報からエピソードを生成しているそうで、それらの発生条件は明らかになっていない。私のプレイした話はネット上にも情報がなかった。
「怖いやつだったか?」
「いえ、その、楽しかったんですけど、凄く切ない話で……」
私はさっきまでプレイしていたストーリーをかいつまんでカインに説明した。私が最初に設定した情報は非常に簡単だ。魔法使いの暮らすエリア、人間。ただそれだけだったのに、まさかこんなことになるなんて思ってもみなかった。
「でも、晶は幸せだったんだな」
「はい。ひとりになってしまってとても寂しかったですけど、元の世界の生活を手放してもいいと思える程に愛しいものが出来て、相手も同じ気持ちで、幸せだったことは間違いないです」
泣きたくなるほど嬉しくて、例え嘘の記憶だとしても悲しくて堪らなかった。私を呼ぶ声も、握った手の感触も覚えているのに。
「このゲームって、その、普通に流通していて問題ないのでしょうか……?」
「ああ、それはサービス開始の時も問題になったよ。けど、各ストーリーに危険性が認められないことと、ログアウト前に一旦簡易的なカウンセリングが入るはずなんだが……、もしかして、なかったのか?」
「なかったですね。私がアシストロイドだからでしょうか? ユーザー認証は正規の手はずを踏んだはずなんですけど」
「うーん、まあ、ゲームの開発元もアシストロイドが遊ぶことは想定していないだろうからな」
立体映像は人間と同じように受け取れるが、きっと、ゲーム側が人間の状態を感知する機構辺りでエラーが出たのだろう。オーエンとも遊んだと言っていたけれど彼はどうだったのだろうか。
私はアシストロイドだから、現実でも記憶をすっかりなくして別人になることは出来るし、そういうデータを書き込みさえすれば一切体験していないことでも自分の記憶だと思い込むことが出来る。
とは言え、だ。人間だって、今この時間が現実なのだとどうしたら証明可能なのか。もしもこれがゲームの世界や誰かの夢の中だったとして、知る術がないならそれは現実と変わりはない。
だから、あの真木晶や魔法使いたちを、ただの物語と割り切ることが出来なかった。
知らない世界にやってきて心細くて、それでも世界を救うために奔走して、出来ることを探して、一生懸命に足掻いて。
ときには遊んでふざけて、目まぐるしく過ぎていった日々たち。生涯を共に歩むと約束して、二人で暮らしたひととき。
彼を失ってからは、急速に発展していく社会を外からぼんやり眺めていた。
もしかしたら、こんな私こそが彼女が気休めに見ている夢の住人なのかもしれない。